「挑む浮世絵 国芳から芳年へ」
名古屋市博物館で開催中の「挑む浮世絵 国芳から芳年へ」を見てきました。
フラッシュ無しなら写真撮影OKでしたので、バンバン写真を撮ってしまいました。
作品も150枚と多く充実した展示でした。
気にいった画像をアップしました。
解説も写真に残っているものはつけてみました。
最初にスクリーン映像がお出迎え。
1章 ヒーローに挑む
国芳は武者絵を描く秘訣を次のように教えている。
「突然人を投げ出して、投げられた人の動きを観察したり、
あるいは組み伏せたときにそれを跳ね返そうとする様子などを覚えておいて、
その意気込みをえがくように。」
1.通俗水滸伝豪傑百八之一人 花和尚魯知深初名魯達
(歌川国芳)
魯知深は背中に刺青のある、怪力の暴れ坊主。
松の大木を鉄製の禅杖で打ち折る。
3.大江山酒呑童子 (歌川国芳)
4.源頼光土蜘蛛退治 (歌川国芳)
5.朝比奈三郎鰐退治 (歌川国芳)
力自慢の朝比奈三郎義秀は鰐(現在でいうサメ)を生け捕りにしたという。
6.将軍太郎良門 蛙の力あらそい (歌川国芳)
源家に復讐を企てる平将門の遺児、良門、
それを助ける姉の滝夜刀姫の物語。
良門が蝦蟇の妖術で小石を蛙に変えて「蛙争い」をさせる場面を描く。
8.龍宮玉取姫之図 (歌川国芳)
藤原鎌足のため、竜神に奪われた名玉を、
海取女(玉取姫)が取り返す伝説を描く。
竜神らに追われていた彼女は、
自らの乳房の下を切って玉を隠したという。
10.誠忠義士聞書之内 討入本望之図 (歌川国芳)
雪の夜、敵の屋敷に侵入する義士たち。
それぞれの動きが現実感にあふれて見飽きることがない。
まるで現場から生中継しているような臨場感がある。
これが国芳作品の「見てきたような」感である。
56歳頃の作。
15.宇治川合戦之図 (歌川国芳)
18.列猛伝 源三位頼政 (歌川国芳)
国芳は、横長だけでなく縦長の画面でも迫力や緊張感を表現した。
源頼政が放った矢の先に、
妖怪鵺がいるはずだが、ここは描かれていない。
反り返ったポーズで、頼政が矢にこめた、渾身のエネルギーを表す。
19.列猛伝 宮本武三四 (歌川国芳)
21.弁慶が勇力戯に三井寺の梵鐘を叡山へ引揚る図
<伸びる画面>
国芳が活用したのはワイド画面だけではない。
今度は「縦」。
極端に長い画面により、武者同士が上下でにらみ合う、
塔の長さが体感できるだろう。
22.吉野山合戦
吉野山の五重塔を舞台とした、
佐藤忠信と横川覚範の対決場面である。
塔の一番上に忠信、地上に覚範を配置する。
上層の屋根ほど軒の斗組がよく見えるように描くという、
細かな配慮にもお気づかいいただきたい。
23.清玄堕落之図 (月岡芳年) 明治22年
清水寺の清玄は、桜姫に恋慕して堕落し、
小袖を抱きしめて彼女の夢を見る。
2 怪奇に挑む
ヒーローの勇ましさを強調するためには、
彼らが退治する怪奇をいかに恐ろしく表すかということが重要なポイントとなる。
また状況が異常であればあるほど画中のドラマ性は高まる。
32.相馬の古内裏 (歌川国芳)
平将門の遺児滝夜刀姫は妖術によって、大宅太郎光国に怪異を仕掛ける。
原作では等身大の骸骨が数百体出現するところ、
国芳は闇のなかから、ぬうっと現れる、ありえないほど巨大で迫真的な骸骨を登場させた。
血みどろ絵の代表作「英名二十八衆句」
国芳の弟子である芳幾と芳年の競作。
師匠国芳も描いた、歌舞伎などの刃傷場面がテーマである。
さまざまな血の表現が試みられており、
むごたらしさが鮮烈に残るのも確か。
しかしそれは、これから物語のなかでおこる悲劇や、
悪人の魅力を引き立てる演出なのだ。
36.英名二十八衆句 勝間源吾兵衛 (月岡芳年)
恋人の小万が裏切ったと誤解して惨殺した源五兵衛は、彼女の本心を手紙により知る。
こたつの上には小万のクビ。
国芳の先行作に学びつつ、伏せたまなざしに苦悩をにじませる。
42.英名二十八衆句 福岡貢 (月岡芳年)
伊勢古市の遊郭油屋で、恋人の遊女お紺の裏切り(本心ではない)に逆上した福岡貢は
妖刀の青江下坂で大勢の人を惨殺する。
舞い散る懐紙と貢の凛々しい姿があいまってドラマティックな一枚になっている。
44.英名二十八衆句 姐妃の於百 (月岡芳年)
毒婦お百を描く。
お百は自分が殺した相手が悪霊となって現れても、ちっとも動じないのである。
52.英名二十八衆句 鬼神於松 (落合芳幾)
殺しのあと、愛刀の血糊をぬぐい去る女盗賊お松。
父の敵に背負われて河を渡る際、隙を狙って殺害した場面だろうか。
冴えた月の光が、殺害現場の冷え冷えしたさまによく合っている。
雷鳴が印象的な絵だが、正面摺りで「雨」が摺られている。
舞台では実際に「降らない」雨を、色として「見えない」雨にひそませたのである。
作品の真下からご覧ください。
雨が見えてくるはずです。
※正面摺とは
色をつけずに紙の光沢だけで模様をあらわす技法。
53.英名二十八衆句 げいしゃ美代吉
芸者美代吉を恨んだ新介は妖刀村雨で惨殺するが、
彼女の残した侘び状で実は妹であったと知る。
狂気に走った新介の表情は、船の屋根にかくれて、
ほぼ見えないが、それだけに併走する船から目撃したような臨場感がある。
<国芳と芳年の顔比べ>
となりの弟子・芳年が書いた顔(No.65)と見比べてほしい。
瞳の白点、眉毛やまつげなどは同じ。
しかし芳年の方が、小鼻を控えめに描くなど、より現実味がある。
師匠に学んだ上でさらに進展をみせている。
左66.信州河中嶌百勇将戦之内 真田喜兵衛昌幸 (歌川国芳)
右65.魁題百撰相 鬼小島弥太郎 (月岡芳年)
3.人物に挑む
国芳、芳年の美人画では、春夏秋冬、十二ヶ月など、
折々の女性の姿を描く作品もいいが、
「~したい」という類の作品にも注目したい。
理想的な女性の姿を描くのが目的ではなく、
女性の心に踏み込んだ表現が見ものである。
71.大願成就有ケ瀧縞 文覚上人 (歌川国芳)
滝にちなむ故事伝説と、それに見立てた女性を描く。
上部のコマ絵で滝に打たれるのは文覚上人。
女性の着物はまさに滝のような縞模様。
ほおずきで作った輪を手にしているが、
これは文覚が持つ大きな数珠に見立てたもの。
77.古今比女鑑 秋色 (月岡芳年)
弟子芳年の美人図。
秋色は、13歳の時の句
「井の端の 桜あぶなし 酒の酔」
が評判となった女流俳人。
破綻のないポーズや、
まぶたをくっきりと描いた顔など、
芳房の良質な女性表現が確認できる。
79.山海めでたいつゑ、+ 天気にしたい 土佐鰹節 (歌川国芳)
女性を各地の名産と組み合わせるシリーズ。
本図では、てるてる坊主を持った娘を描く。
国芳の娘芳女が描くコマ絵は、
土佐名産の鰹節。
82.見立多以尽 とりけしたい (月岡芳年)
明治9年創刊の「仮名読新聞」はゴシップが売りだった。
箱火鉢の上には芸者を暗示する猫が丸まっている。
自分のスキャンダル記事を見た芸者が、
「あらやだ、書かれちゃった。取り消したいわ」
といった様子を、描いたものだろう。
83.見立多以尽 洋行がしたい
チェック柄のシャツを着込んだ女性が、洋書を見ながら思案顔。
明治5年には、東京女学校、
同7年には東京女子師範学校が設立されている。
最先端をいく、志の高い明治の女学生を描いたものだろう。
<猫好き国芳>
大の猫好きで知られる国芳。
No.89でも化け猫の毛並みをご覧いただきたい。
国芳が普段から良く飼い猫を観察していたことが分かる。
89.日本駄右エ門猫之古事
92.見立橋弁慶 (落合芳幾)
「続き」に続きます。
フラッシュ無しなら写真撮影OKでしたので、バンバン写真を撮ってしまいました。
作品も150枚と多く充実した展示でした。
気にいった画像をアップしました。
解説も写真に残っているものはつけてみました。
最初にスクリーン映像がお出迎え。
1章 ヒーローに挑む
国芳は武者絵を描く秘訣を次のように教えている。
「突然人を投げ出して、投げられた人の動きを観察したり、
あるいは組み伏せたときにそれを跳ね返そうとする様子などを覚えておいて、
その意気込みをえがくように。」
1.通俗水滸伝豪傑百八之一人 花和尚魯知深初名魯達
(歌川国芳)
魯知深は背中に刺青のある、怪力の暴れ坊主。
松の大木を鉄製の禅杖で打ち折る。
3.大江山酒呑童子 (歌川国芳)
4.源頼光土蜘蛛退治 (歌川国芳)
5.朝比奈三郎鰐退治 (歌川国芳)
力自慢の朝比奈三郎義秀は鰐(現在でいうサメ)を生け捕りにしたという。
6.将軍太郎良門 蛙の力あらそい (歌川国芳)
源家に復讐を企てる平将門の遺児、良門、
それを助ける姉の滝夜刀姫の物語。
良門が蝦蟇の妖術で小石を蛙に変えて「蛙争い」をさせる場面を描く。
8.龍宮玉取姫之図 (歌川国芳)
藤原鎌足のため、竜神に奪われた名玉を、
海取女(玉取姫)が取り返す伝説を描く。
竜神らに追われていた彼女は、
自らの乳房の下を切って玉を隠したという。
10.誠忠義士聞書之内 討入本望之図 (歌川国芳)
雪の夜、敵の屋敷に侵入する義士たち。
それぞれの動きが現実感にあふれて見飽きることがない。
まるで現場から生中継しているような臨場感がある。
これが国芳作品の「見てきたような」感である。
56歳頃の作。
15.宇治川合戦之図 (歌川国芳)
18.列猛伝 源三位頼政 (歌川国芳)
国芳は、横長だけでなく縦長の画面でも迫力や緊張感を表現した。
源頼政が放った矢の先に、
妖怪鵺がいるはずだが、ここは描かれていない。
反り返ったポーズで、頼政が矢にこめた、渾身のエネルギーを表す。
19.列猛伝 宮本武三四 (歌川国芳)
21.弁慶が勇力戯に三井寺の梵鐘を叡山へ引揚る図
<伸びる画面>
国芳が活用したのはワイド画面だけではない。
今度は「縦」。
極端に長い画面により、武者同士が上下でにらみ合う、
塔の長さが体感できるだろう。
22.吉野山合戦
吉野山の五重塔を舞台とした、
佐藤忠信と横川覚範の対決場面である。
塔の一番上に忠信、地上に覚範を配置する。
上層の屋根ほど軒の斗組がよく見えるように描くという、
細かな配慮にもお気づかいいただきたい。
23.清玄堕落之図 (月岡芳年) 明治22年
清水寺の清玄は、桜姫に恋慕して堕落し、
小袖を抱きしめて彼女の夢を見る。
2 怪奇に挑む
ヒーローの勇ましさを強調するためには、
彼らが退治する怪奇をいかに恐ろしく表すかということが重要なポイントとなる。
また状況が異常であればあるほど画中のドラマ性は高まる。
32.相馬の古内裏 (歌川国芳)
平将門の遺児滝夜刀姫は妖術によって、大宅太郎光国に怪異を仕掛ける。
原作では等身大の骸骨が数百体出現するところ、
国芳は闇のなかから、ぬうっと現れる、ありえないほど巨大で迫真的な骸骨を登場させた。
血みどろ絵の代表作「英名二十八衆句」
国芳の弟子である芳幾と芳年の競作。
師匠国芳も描いた、歌舞伎などの刃傷場面がテーマである。
さまざまな血の表現が試みられており、
むごたらしさが鮮烈に残るのも確か。
しかしそれは、これから物語のなかでおこる悲劇や、
悪人の魅力を引き立てる演出なのだ。
36.英名二十八衆句 勝間源吾兵衛 (月岡芳年)
恋人の小万が裏切ったと誤解して惨殺した源五兵衛は、彼女の本心を手紙により知る。
こたつの上には小万のクビ。
国芳の先行作に学びつつ、伏せたまなざしに苦悩をにじませる。
42.英名二十八衆句 福岡貢 (月岡芳年)
伊勢古市の遊郭油屋で、恋人の遊女お紺の裏切り(本心ではない)に逆上した福岡貢は
妖刀の青江下坂で大勢の人を惨殺する。
舞い散る懐紙と貢の凛々しい姿があいまってドラマティックな一枚になっている。
44.英名二十八衆句 姐妃の於百 (月岡芳年)
毒婦お百を描く。
お百は自分が殺した相手が悪霊となって現れても、ちっとも動じないのである。
52.英名二十八衆句 鬼神於松 (落合芳幾)
殺しのあと、愛刀の血糊をぬぐい去る女盗賊お松。
父の敵に背負われて河を渡る際、隙を狙って殺害した場面だろうか。
冴えた月の光が、殺害現場の冷え冷えしたさまによく合っている。
雷鳴が印象的な絵だが、正面摺りで「雨」が摺られている。
舞台では実際に「降らない」雨を、色として「見えない」雨にひそませたのである。
作品の真下からご覧ください。
雨が見えてくるはずです。
※正面摺とは
色をつけずに紙の光沢だけで模様をあらわす技法。
53.英名二十八衆句 げいしゃ美代吉
芸者美代吉を恨んだ新介は妖刀村雨で惨殺するが、
彼女の残した侘び状で実は妹であったと知る。
狂気に走った新介の表情は、船の屋根にかくれて、
ほぼ見えないが、それだけに併走する船から目撃したような臨場感がある。
<国芳と芳年の顔比べ>
となりの弟子・芳年が書いた顔(No.65)と見比べてほしい。
瞳の白点、眉毛やまつげなどは同じ。
しかし芳年の方が、小鼻を控えめに描くなど、より現実味がある。
師匠に学んだ上でさらに進展をみせている。
左66.信州河中嶌百勇将戦之内 真田喜兵衛昌幸 (歌川国芳)
右65.魁題百撰相 鬼小島弥太郎 (月岡芳年)
3.人物に挑む
国芳、芳年の美人画では、春夏秋冬、十二ヶ月など、
折々の女性の姿を描く作品もいいが、
「~したい」という類の作品にも注目したい。
理想的な女性の姿を描くのが目的ではなく、
女性の心に踏み込んだ表現が見ものである。
71.大願成就有ケ瀧縞 文覚上人 (歌川国芳)
滝にちなむ故事伝説と、それに見立てた女性を描く。
上部のコマ絵で滝に打たれるのは文覚上人。
女性の着物はまさに滝のような縞模様。
ほおずきで作った輪を手にしているが、
これは文覚が持つ大きな数珠に見立てたもの。
77.古今比女鑑 秋色 (月岡芳年)
弟子芳年の美人図。
秋色は、13歳の時の句
「井の端の 桜あぶなし 酒の酔」
が評判となった女流俳人。
破綻のないポーズや、
まぶたをくっきりと描いた顔など、
芳房の良質な女性表現が確認できる。
79.山海めでたいつゑ、+ 天気にしたい 土佐鰹節 (歌川国芳)
女性を各地の名産と組み合わせるシリーズ。
本図では、てるてる坊主を持った娘を描く。
国芳の娘芳女が描くコマ絵は、
土佐名産の鰹節。
82.見立多以尽 とりけしたい (月岡芳年)
明治9年創刊の「仮名読新聞」はゴシップが売りだった。
箱火鉢の上には芸者を暗示する猫が丸まっている。
自分のスキャンダル記事を見た芸者が、
「あらやだ、書かれちゃった。取り消したいわ」
といった様子を、描いたものだろう。
83.見立多以尽 洋行がしたい
チェック柄のシャツを着込んだ女性が、洋書を見ながら思案顔。
明治5年には、東京女学校、
同7年には東京女子師範学校が設立されている。
最先端をいく、志の高い明治の女学生を描いたものだろう。
<猫好き国芳>
大の猫好きで知られる国芳。
No.89でも化け猫の毛並みをご覧いただきたい。
国芳が普段から良く飼い猫を観察していたことが分かる。
89.日本駄右エ門猫之古事
92.見立橋弁慶 (落合芳幾)
「続き」に続きます。



























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